大阪日日新聞 

2012/4/10に掲載された記事をご紹介させていただきます。

 日本酒の会を続いて企画、開催する中、器と料理(酒)とそこから生まれる所作や作法といったことに興味を持ち始めました。

 器が必要でない料理などありません。その反対に、器も盛って貰ったその「栄え」を表すことができます。その相対する関係性の中に、文化的な「料理」の世界が生まれるように思います。
                 
                                    中島由記子

  「吉兆創業者の美意識と昭和のダンディズム」

 湯木美術館は小さいけれど個性豊かな美術館、淀屋橋ターミナルから御堂筋を難波に向かって3分ほど歩いて東に少し入ったところにある。創設者は日本料理店「吉兆」の創業者、湯木貞一(1901~97年)。収蔵品は、茶道具を中心におよそ1000点。

 湯木は20代半ば、茶の湯の本を読み、茶懐石を取り入れて日本料理の格式を上げようと志した。30代半ばになって、本式に茶道を学び始める。松花堂弁当を考案したのは彼だといわれる。懐石料理の流れを汲み、塗りの箱を十字に切り、その中に焼物や刺身、煮物を盛り合わせる。器と盛り合わせの美しさで日本人らしい景色を作った。海外の来賓の晩餐は西洋料理という慣習の中、79年先進国首脳会議いわゆるサミットが初めて日本で開かれる時、会場の東京で初めて日本料理を出すことになり、その歳(年?)の料理長が湯木貞一であった。
88年、料理界初の文化功労者となった。ちなみに同美術館は、旧平野店のあった場所に同年、彼が設立開館した。

 今年3月17日から7月31日まで、3期に分けて、湯木美術館の春期特別展が催されている。4月30日までの第1期『特別展』では、重要文化財の志野茶碗「広沢」を含む31点の茶碗を見ることができる。どれも大振りで、その温みを感じるには、男性の厚ぼったい手が似合うように思える。華奢で小ぶりな女性の手だと、どうもしっくり来ない気がする。

「広沢」など、底にたっぷりと土がたまり、柔らかに膨らんでいる。男の手でなければ、両の手で包んだところで、溢(あふ)れてしまい、何とも大仰なことになろう。
漆色に黒光りした黒筒茶碗「シヤカカラシ」もあって、その力強い重量感は、男だけの社交の場ならば、ほどよく身を引き締める緊張感を与えたに違いない。

 展示品からは、戦後、どん底にあった日本を、経済面でも文化面でも、誇りをもって世界に対峙できる国へと立ち直らせてきた意志と、昭和を生きた男性の美学とダンディズムを感じる。
「色絵藪柑子絵茶碗」は、京都五条に窯を構えた真葛長造の作、生地は薄く、優美な碗形(わんなり)で、絵付けも白地に薄青色が柔らかく、女性のたおやかな手に馴染(なじ)みそうだった。湯木貞一の嗜好(しこう)の広さを感じさせる逸品である。
展示の31点からは、器に対する湯木の愛着と、美意識をじかに感じることができる。晩年は、静かな茶の湯を尊重したらしい。言葉も必要でない、選り抜かれた「美」に没頭したのであろう。その湯木の美の世界が、湯木美術館底流に流れている。

 孫の湯木俊治が『吉兆の家庭ふう料理』(暮しの手帖社、2003年)を編んでいる。鯛のあらとその汁を、黒塗りに蒔絵の大ぶりな碗に、たっぷりと盛った「うしお」。鱧(はも)と一緒に、白菜に代わる松茸をふんだんに、漆を塗った竹篭に盛り、「松茸(まつたけ)と鱧のしゃぶしゃぶ」である。薄味の出し汁に、薄切りの鱧と松茸をくぐらせる。夏場には家庭料理の定番となる「冷奴」の器は、金の縁飾りが入った薩摩切り子。薬味に、葱(ねぎ)、温泉卵、雲丹(うに)が添えられて、器も盛り付けも美しい。本の題名である家庭料理とはおおよそ縁はないが、器の強さに負けない料理の力を感じることが出来た。

 その料理の世界は、湯木貞一がいなければ、「取り返しのつかない彼方にある」というほかないのであろう。特別展を見て、そう思い知った。
(ギャラリー「AMI&KANOKO」アートディレクター)


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